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漫画のネームという工程を考える

夏の〆切に向けて漫画を描いていると突然だらけた文章に逃避したくなって結果的に原稿中は日記が増えるmatonoですこんばんは。

ところでみなさん、ネームはきちんと派ですか。文章だけとか、コマ割だけとか、やり方はいろいろあると思いますが、とりあえず最後まで絵コンテ的に流れを決めてから描きます? 私はもーこれが苦手で、というか時間的にいつも焦りが先にたってしまい、ネームと下描きを一緒にやるという、つまり一発描きで描き進めていってしまうという悪癖があります。そして結局1枚1枚悩むので、逆に時間がかかる、追い詰められるしクオリティも落ちるしで、まったくいいことがありません。

そこで今日はネームという作業工程について考え、ネームが絶対有益であると自らに認識させたいと思います。

というか、そもそもなんで漫画にネームとかの作業が必要なのか、とか考えたことあります? 私はある!! どうでもいいところだけ力強い!! これ追究してるとけっこう面白くて、なんていうか「漫画のテクニック」とだけ考えてると行き詰るんだけど、「作業効率化」とかの方法論だと思うと何かがひらめいたりします。たとえばネームというのは仕様書である、的な。漫画の作業工程って、数が多いじゃないですか。そんで、だいたいスケジュールが決まってる上に、基本的に後戻りできないじゃないですか。(できなくはないけど、おそらく落とすことになる)そうすると、なんだかこう、システマティックに管理できそうな気がしてくるわけです。つーか、漫画ってあらゆる創作行為の中で、「作業」の占める割合がわりと大きいよね。だからアシスタントを雇って分業できるんだろうし。

などと考えていると、シミュレーション上では少なくとも、ネームを作ったほうが効率は上がると思われたわけです。「ネームができない限り次の工程にいけない」という縛りをクリアするには、ネームを描き上げる、というゴール(マイルストーン)1個だけあれば十分なんだけど、「ネームと下書きを気の赴くままにやっていく」というフワっとした感じになると、ゴールが明確じゃないので、ある意味、ページ数と同じ数だけ何かをクリアし続けないといけないし、その都度作業が止まることになる。同じ作業は連続すると効率が上がるので、工場等でも「ラインで」製造されるイメージなんだけど、ネームと下書きをいっしょにやったりすると、そもそもライン自体ない、みたいな。

なんかもう、明らかにネームだけ先に仕上げたほうが効率いいやんけ、という感じに落ち着き、まずはってことで今回の夏コミ原稿は思い切ってネームを描きまくりました。60枚描くのに実働時間で言うとだいたい15時間くらいでした。コマ割りに悩む時間を入れても、1時間あればまあ4枚くらいは進む計算です。もちろん素人ですから、自分が見直していいじゃんと思えばもう作画に入っていいわけです。すると、作画工程では次に何をやるか悩まなくていいので、「筆が完全に止まって逃避する時間」を、可能な限り減らすことができるはずです。

一応比較として、ネームと下書きをうだうだやった場合ですけど、いくら脳内に構成があるといっても、次のネームを思いつくまでの時間とか、精神的なイラつきとかが加算されるので、あんまりこう、時間の予測ができない。ので、全体作業量の計算といったら、ものすごくバラつきのある量を平均して出さないといけなくなり、予測の精度がブレてしまいます。ネーム工程をきちんとこなせば作業時間の予測がつくのに、焦ってこの工程を飛ばすと〆切まで延々と不安が続くわけです。

公式も作ってみました。

ネームにかかる時間 = A分/枚 × 枚数、作画にかかる時間 = B分/枚 × 枚数、、、つまり、 各工程にかかる1枚あたりの作業時間平均をβ、工程を添え字xで現すとすると、作業時間の合計=(β1 + β2 + … + βx)×枚数

すごく簡単に計算できますし、慣れてくると平均値のブレも少なくなる。よって、スケジュールの見積もりもあまり大きくはずさない。最終的に、焦る頻度を最小限に抑えることができる。(理論上は)

わあ、ネームって素晴らしいですね! というところまで考えたんですけど、これこそが馬鹿の考え休むに似たりというやつで、なんでかというと、よく考えたら「そもそも作業効率を上げる目的で考案されたのがネーム」だからですね。なんか、私はずっと勘違いしていて、ネームが必要な理由を、「編集担当さんと意識合わせするため」だと思ってたのです。まあプロの場合はその理由が大きいと思いますけど、分業や作業効率化のために必要だからある、ってのがそもそもの理由だったんだな……。

つまり、ぐだぐだ描いたけど、ネームをきちんとやったほうが、理論的にも感情的にもすごく楽で、そしてそれはプロアマ関係なく当たり前のことであった、という、大変シンプルな結末にたどり着き、認識を改めることができました。私、アホやな。というか、ここまで十年近くモヤっとやってた論理性のなさ、反面教師として立派過ぎるやろ。

まあなんだかんだいって、同人誌なんぞというものは、個人が楽しんで描いて、楽しいと思ってもらえる層に頒布できたらそれでいいので、そんなムキになってキーって感じで描いたって面白くない。ゆるゆると好きなものを好きなように表現するのが多分一番で、私の場合はそれがストレス発散にもなるわけです。ただし、昼間は会社勤めなどしていて自由になる時間が限られているような場合は、一定の作業効率化を図らなければ、自分がつらい。せっかくストレス発散しているはずが、〆切怖い病になってしまう。ですから、こういう思考実験はまあまあこの先を考えれば有効であった、というのがまとめです。

なお、自分の場合作画時間の平均は、青鉛筆での下描きから鉛筆ペン入れまで1枚あたり40分くらいですね。40分×60枚は単純に考えて40時間かかる。これ、今から全力で1日4時間ずつやるとしても、10日かかる計算になり、仕上げもまあ1枚40分はかかりますし、仕上げだけ諸事情で8枚増えるので、結果的に全作業が終了するまで20日以上余裕でかかるということです。割引は諦めろということですか……。しかしネームなしで中途半端なストーリーを40枚描くよりは多分早くてクオリティもマシになるはずなんだ。(理論的には)

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