- 2007-11-22 (木) 15:03
正直に言ってしまえば
冒頭でノーアがエドの腕を触ってビクっとなったときに、
ああホモ的な何かが見えちゃったかなと
妄想するぐらいには腐女子な私です
が。
ちょっと長くなるけど語っていい?
日本人だけが観衆じゃなくても胸を張れますか
多くの方がご存知のように、日本のアニメの影響力は、広く海外にも及んでいます。もはやアニメーションは日本人による日本人のためのメディアではなく、国際的に認知された「ジャパニメーション」であるというわけで、「鋼の錬金術師」も例外ではありません。とあるブログで「海外から見た“泣けるアニメ”」という特集が組まれた折には、ジブリの名作「火垂るの墓」に次いで2位を獲得したほどです。(※気になる方は前述のタイトルで検索してみてください。ただし情報の正当性についての判断はみなさまにお任せします)
さてさて、そんな鋼ですから、今回の劇場版もほぼ間違いなく翻訳され、各国に流布されていくでしょう。……うん、別の国にばらまかれるわけですよ。日本のアニメが流行しやすいアメリカだけでなく、アジアにも、ドイツにも。
本筋と関係ない話だと言われればそれまでですが、私は真っ先に、ドイツの人が見たらどう思うかな?と考えてしまいました。エドかわいい!かっこいい!アルすてき!大佐らぶ!といった諸々のヲタク感情はどこへやら、です。大好きな作品であり、他の国々からも注目されている、そういうアニメの中に、気まずいキーワードが散りばめられているという状況が、もうなんか直視しがたいというか、もうなんか恥ずかしいというか、そういう居たたまれない気持ちになりました。
本筋と関係ない話だと言われればそれまでですが、たとえストーリーに関係なくとも、人間は重要なキーワードに反応してしまうものです。以前終戦記念日に放映された番組で、徴兵されて戦争に行ったのであろうお年寄りを捕まえて、無理やり赤紙を見せて反応を観察する、という特集がありました。にこにこした優しそうなおじいさんの表情が一瞬で凍りつく、それを見た司会者が「これが戦争の爪痕です」などとコメントする、そういう番組です。赤紙を受け取って徴兵され、戦争を体験したお年寄りは、言葉でも映像でもなく「赤紙」を見ただけで、表情を一変させ、あるいは涙をこぼしました。というのは非常に直接的な例なのでもっと分かりやすいことを言うと、たとえば喫茶店や電車の中で人の話し声が聞こえてきたとき、その会話の脈略とは関係なく、エド好きが「豆」という言葉に反応し、ロイ好きが「無能」に反応し、アル好きが「鎧」に反応するように、(よかったこれなら明るい)人間にはどうしてもピンと来てしまう類のキーワードがあります。それを聞いただけで例えばエドが浮かんできたり大佐が浮かんできたりすることが当たり前であるというような、キーワードがあるわけですね。
今回の映画で言えば「ナチス」「ヒトラー」「原爆(を連想させるウラニウム爆弾)」あたりが、ネガティブな意味でのキーワードではなかったでしょうか。既に多くの日本人にとっては、戦争は直接的なものではなく、あるいは「風化した」と考えて支障ないものになっているのかもしれません。(まあ普通に考えると私の反応が異常ですよね)けれど、大戦下でのナチスドイツの行いは現在のドイツでもなお国の恥と考えられ、なるべく触れないように触れないようにされている類の、とてもデリケートな話題であり、今なお風化しているとは言いがたいものです。というようなことを2年ぐらい前、知り合いのドイツ人から聞きました。なので、まあ今でもそんな感じなのでしょう。
ちょうど鋼と時期を同じくして日本でも公開された「ヒトラー~最期の12日間~」という映画があり、これはドイツ人が戦後初めてヒトラーと向き合い、真摯な気持ちで作られた映画として、各所で話題になっています。つまり、ドイツでは戦後50年以上たって初めて、こうした作品が世に出るようになったわけで、まだまだ禁句に近いものがあるわけです、ナチスやヒトラーは。日本にだって、いまだに、と思うかもしれませんけどね、原爆何世だと呼ばれて苦しんでいる人たちがいます。私の身近にもいましたよ。
だから本筋と関係ない話だと言われればそれまでですが、本筋に関係ないのだったらなおのこと触れるべきでなかったキーワードがあまりに多かったと思いました。
残念なのです。悲恋自体は好きですから、離れ離れエンディングでも、ほっぺた落ちそうなおいしいらぶらぶエンディングでも、どっちでも良かったんですよ、ただ「劇場版・鋼の錬金術師」を楽しみにしていたのに。私は豆でも無能でも鎧でもなく、戦争に反応してしまいました。それがとても残念なのです。
いや私だって戦争体験者じゃないし、直接戦争を見てきたわけでもない、徴兵されたわけでもないですよ、そんな私でさえ、周辺知識があるだけで、なんかどうしようもない気持ちになったわけです。この、脳内ほとんどがモエモエ~によって埋め尽くされているヲタク女の私でも、ですよ。それを、もっともっと過敏な国の人たちに、堂々と胸を張って見せられるのでしょうか?特にドイツです、どうなの?
そのために人間扱いされていないような狂人が悪事を背負ったことにした、というかもうナチスの軍服とかファッションじゃん?ボーイズ・ラブでも軍服特集やってんじゃん?という意見もあるのかもしれませんし、いや分かるよ、実際日本ではそう思われたってしょうがないんですよ、私の反応が恐らく異常なわけですよ、でもね、
この映画がジャパニメーションとして各国にばらまかれると思うとホント居たたまれないんですよ私は。私は、ですけどね。
だってこれ、狂人エッカルトが作った映画じゃないでしょ、ちゃんとした日本人が作った映画だって観衆は思うわけですよね、ボーイズ・ラブのようなサブカルチャーでもないわけですよね、それでちゃんとした日本人はまるで大戦時のドイツの象徴のようにヒトラーを描いたと思うわけでしょう、あの時代の一般的な青年として描かれたハイデリヒの台詞から、民衆と軍部の意識がすれ違っていってユダヤ人虐殺に至る経緯をイメージせざるを得ない人だっているでしょう、あるいは観衆は必ずしも前提知識を持っているわけじゃないから、原爆を連想してしまったために鋼を嫌いになる人がいるかもしれない、とはいえ逆方向から鋼を好きになる人もいるかもしれませんね。
人死にも気球も魂の小旅行もロケットも別にかまわない、だってそれが鋼アニメじゃないですか、一生懸命矛盾なくストーリーが練られててお茶目でツッコミどころのある鋼アニメの魅力じゃないですか、だけどナチスじゃなきゃダメだった? ヒトラーじゃなきゃ作れなかった? あの時代のドイツじゃないとインパクト薄かった? そんな挑戦が本当に必要だっんたですか?
日本と世界も無関係じゃないんじゃない?
どんな映画でも、どんな創作物でも同じです、受け手がいなければ、その作品はなかったことになります。受け手がいてはじめて創作です。そして創作にかける費用が大きくなればなるほど、受け手は多様化し、解釈も分かれます。というのは当たり前のことです。だから、私のようになんかクソ真面目にしか見られない心の貧しい人間もいれば、エドの台詞に感動して涙する人もいれば、史実に残っている相貌そっくりに描き出されたヒトラーを見て不愉快になる人もいるでしょう。当たり前のことです。ですが、受け手が多様であると分かっている時点で、しかも、これだけ規模の大きい作品ですから、ストーリーと直接関係のない部分、即ちそれを削ってもストーリーが成立するような部分については、何らかの配慮が必要であったのではないかと思います。少なくとも、数個のキーワードだけで不愉快なイメージを与えてしまうような選択は、やっぱりするべきじゃなかったんじゃないの?とね。まあファッションだと思ってたんなら特に言うことないですけどね。
珍しくわりと真剣に、そういうことを思います。鋼が好きなだけに。
エドに「個人と世界は無関係ではいられない」と言わせたいのなら、映画の作り手だって受け手と無関係じゃいけないし、一個人としてのスタッフだって、それが世界からどう見られるかということと、無関係じゃないはずです。でないと根本的に矛盾してテーマが半分も伝わらないよ。
長々と書いてはみましたが
なんか縁側に座って孫をさとしてるおばあちゃんみたいですよね、これじゃ。んもー! こんな小娘に言わせんなこんなこと、と言いたい、です。普段ホモホモ言ってる腐女子にこんな言いたい放題言われていいのか! と言いたい。あと、誤解を恐れずに淡々と書きましたが、反論ご意見、あって当然だと思いますから、まあ機会があればそっと耳打ちしてください。私は小娘ですがインターネットというメディアを利用して意見を公開した以上、責任は持つつもりでいます。でも気まずくなったらミュンヘンに高飛びします。読んでくれた人、ありがとう。もうすっかりスッキリです。(2005年7月26日)